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京都地方裁判所 昭和63年(ワ)2856号 判決 1990年6月14日

原告 甲野花子

右訴訟代理人弁護士 池田勝之

被告 乙山春夫

右訴訟代理人弁護士 松本仁

主文

一  被告は原告に対し、金五〇〇万円及びこれに対する昭和六三年七月八日以降完済に至るまで年五部の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを二分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一原告の請求

金員の元本を一〇〇〇万円とするほか、主文第一項と同じ

第二事案の概要

本件は、もと妻である原告がもと夫である被告に対し、被告が性的不能者であることを秘して結婚し、離婚のやむなきに至らせたとして、不法行為に基づく損害賠償(慰謝料)を請求した事案である。

(争いのない事実)

原告と被告は、知人の紹介で見合いをし、昭和六三年四月八日婚姻届出をなし、同月三〇日フランスへ出発し、同地の教会で同年五月三日挙式をし、同月七日帰国し、同月一一日から被告の肩書住所地で同居を始め、同年六月一八日原告が家を出て、同年七月七日協議離婚の届出をした。その間被告は原告との性交渉を持たなかった。

(争点に対する当事者の主張)

一  原告

1 原告はごく普通の健康な女性で、性交渉を困難ならしめる事情は全くないのに、被告は一切夫婦としての性交渉を持とうとしなかった。加えて被告は原告とともに共同生活を切り開いていくという気概が全くなく、夫婦間の精神的なつながりを持とうともしなかった。原告は海外での挙式、新婚旅行に備えて、友人の勧めもあり、薬局で漢方生薬の精神安定剤を購入して二回だけ服用したことはあるが、睡眠薬を飲んだことはないし、まして常用したことはない。また、原告は健康状態に問題はなく、被告から医者に行くように言われたこともなかった。

2 原告は結婚のために、これまで一〇年かかって築き上げてきたエレクトーン教室の生徒六〇名も手放し、楽器店を辞め、貯金も相当額費消して結婚生活に臨んだのに、被告のために無残な結果となり、人生を一からやり直さなければならず、極めて甚大な精神的苦痛を被った。

二  被告

1 被告は健康な成年男子であり、性交渉をするのに何らの支障もないし、性衝動も男性として持っている。しかし、被告は薬品会社勤務であり、挙式のためフランスに行く飛行機内で原告から生理が始まったと告げられ、その後原告は不眠を訴え睡眠薬を常用するようになったため、薬物使用による出生児の奇形を懸念したほか、原告が低血圧、冷え症、不眠症により常に身体の不調を訴えていたため、原告の身体の状態を気づかいながらその回復を待ち、口が酸っぱくなるほど身体を直すように原告にいっているうちに、原告は昭和六三年六月一八日突如として実家に帰ってしまい、もう被告のもとには帰らないと宣言するに至ったのである。原告は被告が性交渉を要求しなかったことを非難するが、原告自身性交渉について被告に何も言わず、何らの行動も起こさなかった。被告は、原告が性交渉のないことをひどく悩んでいたことは全く知らなかった。

2 原告の一方的な行動によって本件婚姻が破綻したものであるから、原告の請求は理由がない。仮に被告に責任があったとしても、大幅な過失相殺を免れない。

第三争点に対する判断

一  当事者間に争いのない事実に、《証拠省略》を総合すると、次の事実が認められる。

1  原告(昭和二七年一二月二三日生)は大学卒業後、昭和五五年以来楽器店のヤマハ音楽教室のエレクトーン講師として働き、月収約二五万円を得て、当時母と二人暮らしをしていたものであるが、昭和六二年六月被告と見合いをし、翌昭和六三年二月結納を交わし、結婚のため同年四月で楽器店を辞めた。原告は当時三五才であり、初婚であった。また、被告(昭和一八年九月二日生)は大学卒業後、漬物製造会社に勤めていたが、昭和六一年五月から工業薬品を扱う会社に勤務して現在に至っているが、薬学や薬害についての専門的知識はない。当時被告は肩書住居地で一人暮らしをしていたが、同一敷地に独身の兄と姉の家がそれぞれあった。被告も当時四四才で、初婚であった。

2  原被告は、原告の希望によりフランスの教会で結婚式をすることとなり、同地の教会で挙式するには婚姻受理証明が必要であったので、昭和六三年四月八日あらかじめ婚姻届出したが、挙式までは同棲しなかった。原被告は同月三〇日飛行機でフランスへ向けて出発したが、その直前に原告は生理が始まり、右機中でこのことを被告に告げた。そして、原告は、これまで睡眠薬や精神安定剤を服用したことはなかったものの、友人の勧めで、今回の旅行に限り、時差の関係や緊張のためにねむれないと困ると思い、念のため漢方生薬のごく軽い精神安定剤を薬局で購入していたが、緊張と被告のいびきで眠れなかったので、挙式(同年五月三日)前に右精神安定剤を二晩(各二錠)服用し、そのことを被告に告げた。被告はこのことに特に驚いたようすはなかった。原告は右挙式前後やや疲れ気味であったが、その後は右精神安定剤を服用しなかった。原被告は同年五月七日フランスから大阪に帰り、原告の母親方(原告の現住居)に二人で一泊し、被告は翌日早速被告方へ帰ったが、原告にはしばらくここで休むように勧めた。原告は少し疲れていたため、被告の勧めに従い、同月一〇日まで実家にいたが、食欲もあり寝込んでいたわけではなかった。

3  原告は同月一一日被告方へ趣き、被告との同居生活が始まったが、被告は被告方一階で就寝したものの、被告方の隣地の借家人が遅くまで飲食店を営業してうるさく、原告が眠れないだろうとして、原告には二階で就寝するように指示し、被告は二階に上がってくることもなかった。同年六月に入って隣地の飲食店も営業を止め、原被告は一階と二階で別れて寝る必要はないのに、そのままであったので、原告の母が被告に二階で寝たらどうかと申し向けたが、被告は一階でいいと答えた。そして、被告は、原告との交際中から新婚旅行中、同居を初めてから後記原告が家を出るまでの間、原告に指一本触れようとせず、手を握ることもなく、キスもせず、性交渉を求めてきたことも全くなかった。

なお、原告は結納のとき子供は早く欲しいと話をしており、被告もこれを聞いて知っていた。被告は子供のことについて積極的に意見を言ったことはないが、原告から子供を欲しいのかと尋ねられて、欲しいと言ったことはある。

4  ところで、原被告は結婚に際し披露宴をしなかった。原告はせめて友人を呼んでパーティをしたいと思ったが、被告がしないというのでしなかった。また、被告は結婚通知もほとんどしなかった。そして、被告には結婚をしたという喜びや華やいだ気分もなく、従って真面目に結婚生活に取り組むという姿勢もみられなかった。すなわち、被告には結婚生活についてのしっかりした考え方もなく、子供についても大変だという思いのみであり、原告が被告に話し掛けてもまともな答えが返ってこないなど、夫婦としての会話がほとんどなかった。被告は無口というよりも他人や原告にあまり関心がないのであって、性格的に、他から言われればそうかなという程度の認識は持てるが、自発的に何かを考えるとか、他のことを理解しようとする感覚が乏しく、そういう発想がわかない嫌いがあった。原告としては被告の言動に妻である原告に対する労りや優しさを感じることができなかった。

5  原告は被告と同居中主婦として通常に家事に従事し、毎日買い物に出掛け、被告と外出などもした。当初原告は疲れて体調が良くなかったといっても寝込んだわけではなかったし、もともと身体が弱いわけではない。原告には低血圧やアレルギー性鼻炎がある程度で、通常の健康体であった。原告はエレクトーン講師として数百人にわたる生徒、子供を教えてきたのであって、身体も健康でなくては到底勤まらないのである。そして、被告は原告の身体の具合について原告に尋ねたことはなかったし、原告に病院へ行き治療や健康診断を受けるよう促したこともなかった。また、原告は当初から被告の健康保険の被扶養者に入れてくれるよう被告に要請したのに、被告は原告が同年一一月から仕事を再開すればまた抜かなければならなくなるのでややこしいとして渋り、結局その手続をせずに終わった。

これに対し、被告は血圧が高く、糖尿病の治療を受けたことがある。

6  市販の睡眠薬ないし精神安定剤には催奇形作用が報告されていて、妊婦または妊娠していると思われる人は服用前に医師や薬剤師に相談したり、服用を避ける必要があるものがあるのであるが、結婚生活の間、原告は被告から睡眠薬を飲んでいるかと尋ねられたこともなく、睡眠薬を飲むと奇形児が生まれるから飲んではいけないと言われたこともなかった。原告は前記挙式前に精神安定剤を服用した後は、精神安定剤や睡眠薬を服用したことはなかったし、まして常用などしていなかった。

7  原告は、性交渉のないことで悩み、また夫婦間の精神的なつながりもないことから、同年六月一八日被告に対し、「自分のことを分かってほしいとは思わないのか、私のことも分かってやろうと思わないのか」などと聞いたが、被告はそう思わないなどと返事をした。これを聞いて、原告は愕然とし、これ以上被告に何を言っても無駄であると思い、家を出て実家へ戻り、同月二〇日原告側の仲人丙川とともに被告側の仲人丁原方へ趣き、性交渉がない等被告への不平不満を訴えるとともに、被告方に二度と帰らないなどと述べたが、被告からどういう理由があるのか話をきいたうえで今後どのようにするかを相談することとなった。

他方、これまで被告は、性交渉のないことで原告が悩んでいたことを全く知らず、右丁原方における原告の話を丁原が伝えてきて初めてこれを知った。しかし、被告は何ら原告に対し電話等連絡もせず、理由を説明して原告を説得することもせず、かえって原告の離婚の意思は堅いものとして自ら離婚もやむなしと決意し、同月二四日この旨を丁原に伝えた。

8  同年七月二日丁原方において丁原、丙川を交え、原被告は話し合ったが、被告は原告の身体の具合が悪かったから性交渉はできなかったと言うのみで、丙川がそれでは理由にならないと述べたり、原告が家に戻る気がないのは理由があるからで、それをどうして尋ねてくれようとしないのかと聞いたりすると、被告は下を向いて黙ってしまい、釈明をするでもなく、原告を説得するでもなく、無気力な反応に終始した。そして、しばらくして突然思い出したように、被告は、「原告は睡眠薬を飲んでいたのと違うか」と言い出した。さらに、これからどうするかと丙川に尋ねられて、被告はこれだけこじれたら駄目でしょうと答え、丁原から原告が家に戻る気がないと聞かされていたので署名済みの離婚届を用意してきたとしてこれを差し出すに及び、原告も離婚を決意し、離婚届を受取って帰った。

その後、同月五日原告は被告方から自己の家財や荷物を引き上げ、同月七日離婚届が提出された。

9  原告は本件結婚に際し、婚礼ダンス、電化製品、着物類、寝具等を購入するなどして、少なくとも四四六万六五二〇円の費用を支出した。これらのうち残っているものはすべて原告が離婚の際持ち帰ったが、結婚生活を継続しないなら不要のものであり、他へ流用しうるものは少ない。

原告は結婚のために、一〇年かかって築き育ててきたエレクトーン教室の生徒約六〇名も手放し、楽器店も辞めたが、離婚後再び別の楽器店で同様の職に就いた。音楽教室の講師はもともと楽器店とは一年ごとの契約で従業員ではなく、独立事業主であり、ボーナスもなければ、各種保険もなく、退職金や失業保険もない不安定な仕事である。また、講師への謝礼も生徒一人当たり単価いくらという計算であり、生徒の数が少なくても何の保証もないものである。原告は同様の職に就いたといっても、現在は本採用ではなく、代講で月六、七万円の収入しかなく、収入は以前の三分の一以下となった。結婚のためすでに貯金はほとんど費消していたが、わずかに残っていた貯金もすべて生活費に消え、現在無収入の母との二人暮らしで経済的にも不安である。原告はいずれ本採用となるであろうが、どの楽器店に配属になるか不明であり、新しいところで一からやり直さなくてはならず、何の保証もない仕事であるから、年齢的にも以前のような収入が得られるかどうかは定かではない。

《証拠判断省略》

二1  以上認定した事実関係のもとで検討するに、被告が原告と性交渉に及ばなかった理由として、被告は、当初原告の生理で出端をくじかれたとか、原告は疲労困憊の状態であったとか、原告の体調が回復しなかったので、性交渉は原告の健康状態が良くなってからしようと思っていたとか、原告の睡眠薬の服用による奇形児出生の危険があって性交渉を避けたり、躊躇したとか、キスは取り立ててする必要がないし、被告としてはもともと性交渉をあまりする気がなかったとか、昭和六三年六月に入って隣地の飲食店が営業を止めてからは原告も元気になり、睡眠薬を服用しているという感じはなくなったので、何度か性交渉をしようとして被告方二階に上がりかけたが、何となく気後れしたとか、また、同月一〇日ころ原告の健康状態が良くなったので性交渉をしようと考えたが、過去原告が睡眠薬を常用していたので後遺症としても奇形児が生まれる可能性があると思ったし、自分の性本能を満たせばよいというものではないと思ったから、などと供述する。

2  当初原告の生理で出端をくじかれたというのはそのとおりであろうけれども、右供述自体相互に矛盾するものもあるほか、前記認定と異なる事実関係を前提とするものもある。この点をさしおくとしても、被告が真実原告の健康のことを気づかっていたのであれば、渋らないですぐに原告を健康保険の被扶養者に入れる手続もするであろうし、原告に健康診断や治療を受けるように促すであろう。また、被告において原告が真実睡眠薬を常用していると思っていたのであれば、それが身体に悪いことなどを原告に話すであろう。しかしながら、前記認定のとおり被告は原告が睡眠薬を服用しているかどうか確認することもせず、これを止めるようにも言っていないのであって、被告は昭和六三年七月二日丁原方における原告との話し合いにおいて初めて睡眠薬のことを問題にし始めたのであるから、これはその場の思いつきによる言い逃れであり、その場凌ぎであったといわざるを得ない。そうすると、性交渉に及ばなかった理由の説明としては被告の右供述は信用することができないし、ことに、性交渉をしたとしても妊娠を避ける方法はいくらでもあるのであるから、睡眠薬服用による奇形児出生の危惧が性交渉に及ばなかった真の理由であるとは到底思えない。

3  また、前記認定事実によると、性交渉についてのみならず、被告には原告を自らの妻と認めて外部へ公表し、原告とともに真に夫婦として生活していこうという真摯な姿勢が認められず、被告自体が原告を避けてその間に垣根を作り、原告との間で子供(妊娠)のことや性交渉自体について自ら積極的に何ら話題としたことがないことが認められ、このようなことからすると、あるいは、被告にとって年齢的に子をもつことが負担になるとしても、妊娠を避ける方法はあるのであり、その点について原告と十分に話し合い、納得を得ることは可能であるのに、何らそのようなことに及ばなかったことからすると、この点も性交渉を避けた理由とはなりえない。

4  結局、被告が性交渉に及ばなかった真の理由は判然としないわけであるが、前記認定のとおり被告は性交渉のないことで原告が悩んでいたことを全く知らなかったことに照らせば、被告としては夫婦に置いて性交渉をすることに思いが及ばなかったか、もともと性交渉をする気がなかったか、あるいは被告に性的能力について問題があるのではないかと疑わざるを得ない。

5  そうだとすると、原告としては被告の何ら性交渉に及ぼうともしないような行動に大いに疑問や不審を抱くのは当然であるけれども、だからと言って、なぜ一度も性交渉をしないのかと直接被告に確かめることは、このような事態は極めて異常であって、相手が夫だとしても新妻にとっては聞きにくく、極めて困難なことであるというべきである。

したがって、原告が性交渉のないことや夫婦間の精神的つながりのないことを我慢しておれば、当面原被告間の夫婦関係が破綻を免れ、一応表面的には平穏な生活を送ることができたのかもしれず、また、昭和六三年六月二〇日丁原の面前で感情的になった原告が被告方に二度と戻らないなどと被告との離婚を求めるものと受け取られかねないことを口走ったことが、原被告の離婚の直接の契機となったことは否めないとしても、以上までに認定したような事実経過のもとでは原告の右のような行為はある程度やむを得ないことであるといわなければならない。むしろ、その後の被告の対応のまずさはすでに認定したとおりであって、特に同年七月二日丁原方での原告との話し合いにおける被告の言動は、なんら納得のいく説明でないし、真面目に結婚生活を考えていた者のそれとは到底思えず、殊に、被告は右話し合いの前から最終結論を出し、事態を善処しようと努力することなく、事前に離婚届を用意するなど、原告の一方的な行動によって本件婚姻が破綻したというよりは、かえって被告の右行動によってその時点で直ちに原被告が離婚することとなったのであるといわざるを得ない。

6  そうすると、本件離婚により原告が多大の精神的苦痛を被ったことは明らかであり、被告は原告に対し慰謝料の支払をする義務があるところ、以上の説示で明らかなとおり、原被告の婚姻生活が短期間で解消したのはもっぱら被告にのみ原因があるのであって、原告には過失相殺の対象となる過失はないというべきであるから、被告の過失相殺の主張は失当である。

7  そして、前記認定の事実や右説示のほか、諸般の事情を総合考慮すると、本件離婚のやむなきに至らせたとして被告が原告に支払うべき慰謝料は五〇〇万円をもって相当と認める。

第四結論

よって、原告の請求は五〇〇万円及びこれに対する離婚の日の翌日である昭和六三年七月八日以降完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、主文のとおり判決する。

(裁判官 和田康則)

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